【考察】森博嗣『笑わない数学者』逆トリックってなんだ?

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今回は森博嗣の『笑わない数学者』のあらすじ紹介とトリックについて考えたいと思います。森博嗣がかけた逆トリックとは...?

オススメ度

オススメ度:★★★★★

森博嗣の作品の中で最も好きな作品です。主人公と数学者の哲学的なやり取りや思わず唸ってしまうメタトリック。まさしく名作です。

作品・作者紹介

『笑わない数学者』は、第1回メフィスト賞受賞作『すべてがFになる』でデビューした森博嗣のシリーズ3作目となる作品です。

本作は実は森のデビュー作となるはずでした。しかし、編集者の判断によりシリーズ3作目となったそうです。

本作では、天動説と地動説神と人間という歴史上稀に見るミステリに読者を陥れます。「トリックが簡単だったなあ」という人はこの後の書評を読んでみて下さい。

人類史上最大のトリック……? それは、人々に神がいると信じさせたことだ
『笑わない数学者』

あらすじ(ネタバレなし)

犀川創平と西之園萌絵は、数学者・天王寺正蔵の屋敷に招待されます。その夜、天王寺正蔵は庭にある巨大なブロンズ像を消滅させると宣言します。そして宣言どおりブロンズ像は、跡形もなく消え去ります。

翌朝、ブロンズ像は元あった位置に戻っていました。しかも遺体とともに...

殺人事件とブロンズ像消失の関係とはいったいなにか...。天才数学者が仕掛けた謎に犀川が挑みます。そして隠されたメタトリックとは...?

書評・考察(ネタバレあり)

本稿では、「なぜ犀川はトリックに気が付かないのか?」と「地下室の老人はだれか?」の2つの問いを軸にメタトリックを解明していきます。

メタトリック

さて、読んでる途中、「トリックわかっちゃったよ」って思いませんでしたか? 僕は思いました。「森博嗣もまだまだだね」と思っていました。しかし、作者の森博嗣も答えている通り、そこには衝撃の逆トリック(メタトリック)がありました。

「なぜ犀川はトリックに気が付かないのか」〜地動説と天動説〜

なぜ簡単なトリックに名探偵である犀川創平は気づかないのしょうか。その理由を地動説と天動説のアナロジーから説明します。

地動説とは太陽の周りを地球が回っているという学説のことです。一方、天動説は地球の周りを太陽が回っているという主張です。今では、地動説が当たり前だと思われています。地動説を初めて主張したのはコペルニクスという天文学者です。その後、16世紀にガリレオが証明するまで、人類はその歴史のほとんどを天動説を信じて生きてきました。地動説は意外と最近の話です。

なぜ人類は地球が動いていることに長い間気づかなかったのでしょうか。それは、人類が地球に住んでいるからです。地球に住んでいると、どうしても太陽が動いているように見えます。

でもどうでしょう。例えばあなたが太陽系の外にいると考えて見て下さい。そうすると太陽が動いているのか、地球が動いているのかは一目瞭然ですよね。私たちは地球にいるからこそ、地球が動いていることに気づかないのです。

では本作を見てみましょう。今回のトリックは僕でもわかるくらい簡単なトリックでした。でもなぜだか天才である犀川創平と西之園萌絵はトリックに気づきません。なぜでしょうか。

それは、彼らは小説の内側にいるからです。地動説と同じです。小説(=太陽系)の外にいれば簡単に見破れるトリックです。これは、ブロンズ像消滅のトリックと見事なほどのアナロジー*1になっています。

地下室の老人は誰か?

最後に「地下室の老人はだれか」という問いが残されます。犀川創平はその問いに「不定」(=決めることができない)と答えます。実は作者である森博嗣は「『笑わない数学者』というタイトルがヒントだよ」とインタビューで答えています。

つまり、本物の天王寺正蔵(=数学者)は笑わない人物となります。3人の老人(地下室の老人、白骨死体の老人、最後の公園の老人)のうち小説内で笑わなかったのはだれか、を考えれば答えはでてきます。

皆さんぜひ考えて見て下さい。

内と外

さて結局のところ、本作の逆トリックとはなんでしょうか。それは内と外の逆転です。「内と外の逆転」、これは小説内でも頻繁に登場する言葉です。

そして森は、「内と外の逆転」というトリックを「小説内の登場人物と小説外の読者の逆転」というメタトリックとして用いています。

どういうことか。犀川たちは屋敷自体が回転していることに気づきません。しかし読者が気づきます。これは通常、逆なのです。普通のミステリは「名探偵が最初にトリックに気が付き、最後に読者が知る」です。ところが本作では名探偵と読者の立ち位置が逆転しています。

地下室の老人はだれか」(=真犯人はだれか)という問いを推理するできるのは読者だけです。小説内の犀川には、『笑わない数学者』というタイトルを知ることはできません。

この小説では、読者=探偵となっているのです。通常は名探偵の推理を読むだけの存在である読者を小説の中へと引きづりこみます。

本作は名探偵と読者を逆転させるというトリックを読者にかけています。

「ねえ、どちらが中なの?」
少女がもう一度きく。
お爺さんは帽子を拾い上げてから、少女に言った。
「君が決めるんだ」

『笑わない数学者』

 

 

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*1:構造が同じという程度にとってください。