【書評】森見登美彦『熱帯』|『熱帯』の隠されたトリックとは

本記事は森見登美彦の『熱帯』の書評および解説です。『熱帯』読んだけど、複雑過ぎてようわからんくなった人向けの記事です。複雑な入れ子構造、森見登美彦の狙いをわかりやすく解説したいと思います。

未読の方は紹介記事を書いていますので、こちらを読んでください。

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『熱帯』について

本作は「物語の物語」です。物語から物語へと複雑な入れ子構造を持ちます。故に途中で迷子になったという人も多いのではないでしょうか。

前半は森見登美彦らしくユーモアが炸裂します。後半はどこか、村上春樹の『ハードボイルドワンダーランド』を思い出させる展開となっています。

『熱帯』の概要

まず、この小説の構造をわかりやすくまとめて見たいと思います。

複数の『熱帯』

『熱帯』はこの小説の題名であると同時に小説内での幻の小説の題名でもあります。間違わないように番号をつけてみます。

『熱帯0』:現実の世界で僕たちが購入した森見登美彦が書いた小説『熱帯』
『熱帯1』:『熱帯0』の中で、幻の小説とされる佐山尚一が書いた『熱帯』

このあと、物語の内容をまとめながら熱帯のあとの数字増えていきますので、ご注意を!

0.現実の世界

この世界で僕たちは森見登美彦が書いた小説『熱帯0』を買いました。ちなみに僕はKindleで買いました。

1.沈黙読書会(熱帯0)

『熱帯0』の登場人物として、森見登美彦が登場します。そして沈黙読書会で幻の小説である佐山が書いた『熱帯1』を持つ白石さんに出会い、そこから白石さんが語り始めます。

2.学団の男(白石さんの物語)

この章は白石さんが話している物語です。白石さんは、お店によく来る常連客の池内さんと出会い、かつて自分が幻の小説『熱帯1』読んだことがあることを知ります。ここで、白石さんは池内さんとともに『熱帯1』の謎を探っていきます。

3.満月の魔女(池内さんの物語)

ここで、話は白石さんの物語の中の池内さんのノートの内容になります。池内さんは千夜さんを追って京都へと行きます。池内さんは京都でマキさんに出会い、千夜さんが姿を消したという図書室に入って行くのでした。

4.不可視の群島(僕の物語)

ここで、話の語り手が誰だかわからなくなります。一人称が「私」ではなく、「僕」に変わっていることに注意しましょう。物語は1章で森見登美彦が語った『熱帯1』の内容と同じ出だしで始まります。「僕」は記憶を失い、佐山尚一と出会います。そして様々な不思議な経験をします。

5.『熱帯』の誕生(僕の物語)

「僕」は最初に行き着いた観測所で、自分が体験したことを手記にまとめます。最後に「僕」は自分の名前が「佐山尚一」であることを思い出します。

6.後記

佐山尚一は不思議な世界を抜け出し、現実の世界へと戻ってきます。しかし、そこは佐山尚一がもといた世界とは違う世界なのでした。不思議な体験から20年たったある日、佐山尚一は沈黙読書会にでかけます。

そこでは、森見登美彦が書いた『熱帯』を持つ白石さんと出会います。そしてまた、白石さんは語り始めるのです。

物語のセカイ

この物語には大きく分けて3つのセカイがあります。1つは1~3章のセカイ(セカイ1)です。この中で森見登美彦は、『熱帯1』を持った白石さんと出会い、白石さんのお話および池内さんのノートの内容が語られます。

4、5章のセカイでは、森見登美彦や白石さんが語った『熱帯1』と同じ内容が描かれます。4,5章は『熱帯1』のセカイ(セカイ2)と考えられます。つまり、佐山尚一が最後に書いた手記の内容が『熱帯1』であり、幻の小説と言われていた『熱帯』です。

6章では佐山尚一は4,5章のセカイ2を抜け出し、もといたセカイとは違うセカイ(=セカイ3)へと出てきます。

ここで佐山尚一がもともといたセカイとはどこか考えてみましょう。そのセカイでは佐山尚一が消失しているセカイであるはずです。そのセカイとはセカイ1です。セカイ1で佐山尚一は行方不明になっています。

まとめると、佐山尚一は最初にセカイ1にいました。その後、4,5章のセカイ2に迷い込みます。そして6章でセカイ3へと出てきます。

森見登美彦のトリック

ところで、セカイ3とは一体どこでしょうか。セカイ3では、「森見登美彦が書いた熱帯を持つ白石さんに出会う」ので、セカイ3は森見登美彦が『熱帯』を 書いたセカイです。

森見登美彦が『熱帯』を書いたセカイとは、僕たちが『熱帯0』を買ったセカイではないでしょうか。佐山尚一が出てきたセカイは『熱帯0』の中ではありません。僕たちが生きるセカイです。

小説を読み終わったあと、「この小説はいったいどういう出だしだったかな」と感じた人が多いと思います。そして思わず、最初のページを確認しませんでしたか?

僕は思わず、最初ページに戻ってしまいました。「ああ、森見先生が最初に出てきてたんだ」と。

本作は「最初のページに戻ることによって」物語が完結します。なぜなら、最後のページで白石さんが持っている『熱帯』、そして白石さんがこれから語りはじめる物語は、森見登美彦が書いた現実のセカイの『熱帯0』だからです。これが森見登美彦が仕掛けたトリックです。

僕たちは小説を読んでいたはずです。ところが、いつの間にか登場人物は小説を超え、僕たちのセカイへとやってきます。僕たち読者は小説を読んでいる間だけ、現実の世界を離れ、物語の世界へ入り込むことができます。

でももし、小説の最後のページを読み終わっても終わらない物語、そこから始まる物語があるとしたら、僕たちはこの後、自ら物語を作ることができるのではないか。「創造の魔術」を使えるのではないか。

僕は立ち上がって海の彼方に目をやる。すべてを失ってこの熱帯の海へやってきたとき、どれほど僕は不安に思ったことだろう。僕は何者でもなく、この海は見渡すかぎり何もない世界だった。しかしこの熱帯の海からこそ、〈創造の魔術〉は始まる。僕は虎に向かって次のように告げる。「それでは君を『熱帯』と名づける」

森見 登美彦『熱帯』

 

『熱帯』を読み終わったあと、真っ先に思い出したのは円城塔の『Self-Reference Engine』です。円城塔も同様に「物語についての物語」を書いています。しかし、その結末はかなり違います。円城塔は物語を終わらせ、森見登美彦は物語を終わらせないことを選んだのです。

 

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