個人的メフィスト賞ベスト5を紹介します。僕の感覚で選んでいるので偏りがかなりあると思います。つい最近の受賞作を抜かせばあらかた読んでいます。
夏休みでやることねーよな学生はぜひ読んでください。
第1位 森博嗣『すべてがFになる』
王道過ぎてごめんなさい。しかし森博嗣を1位に選ばないわけにはいかないでしょう。この作品は理系ミステリ(理系の専門的な内容が登場するミステリ)の金字塔であり、ミステリにキャラクタ小説(特徴的なキャラクタが存在する)を導入した作品としても知られています。
森博嗣は受賞当時、名古屋工業大学の工学部准教授でした。作品には森の専門であるコンピュータ用語・知識などが数多く使われます。今となっては普通ですが、当時はメールを使用している一般人はほぼいませんでした。
物語は天才プログラマである真賀田四季の研究所を主人公・犀川創平(工学部准教授)と西之園萌絵(美少女学生)が訪れるところから始まります。真賀田四季は過去の犯罪の結果、14年間にわたり監視カメラと警備員によって24時間体制で自室の出入り口を監視され、軟禁状態で暮らしています。
その真賀田四季が両手両足を切断され発見されます。誰一人として許可なく入退室することのできない真賀田四季の部屋で、監視カメラにも警備員にも気づかれず真賀田四季は殺されます。両手両足を切って自殺などできるでしょうか。真賀田四季の部屋のコンピュータにはこの文字が表示されていたのです。
すべてがFになる
ここまで聞いただけでわくわくしますね。犀川創平と西之園萌絵の絶妙な掛け合いも本作の楽しいところなので、読んでない方はぜひ読んで下さい。
第2位 清涼院流水『コズミック』
2位も王道でごめんなさい。でもやっぱり清涼院流水を選びます。この人は端的に言ってミステリの破壊者です。読んだ人は果たして、これはミステリなのかと思う作品であることは間違いないでしょう。それがメフィスト賞っぽさでもあります。
清涼院流水は第1回受賞作『すべてがFになる』のキャラクタ性をさらに推し進め、名探偵たちの超能力推理のような荒唐無稽のミステリをやってのけます。
なにせ主人公の九十九十九の能力はメタ推理と呼ばれ、推理に必要な判断材料が揃うと瞬時に真相に辿りつく能力です。反則ですね。この小説で行われるのは単なる論理的思考による推理ではありません。あたかも、九十九十九が清涼院流水の小説を読んで推理(メタ推理)をしているかのようなのです。
森博嗣のキャラクタ小説を強烈に推し進めながら、中井英夫(四大奇書の1つ『虚無への供物』で有名な作家)や竹本健治(四大奇書の1つ『匣の中の失楽』で有名な作家)の伝統的なアンチ・ミステリ(殺人事件が小説の出来事であることについて、登場人物たちが自覚的であるミステリ小説)の系譜を受け継いだ意欲作です。
今年、1200個の密室で1200人が殺される。誰にも止めることはできない」 ― 密室卿
上記にある殺人予告で始まる密室殺人ショーと圧倒的な疾走感に圧倒的な展開にハマること間違いなしです。
第3位 古泉 迦十『火蛾』
正直、この小説はかなり新鮮でした。メフィスト賞で1番の驚きと言っても良いかもしれません。ミステリとイスラム教の融合とでも言える作品です。物語はイスラム教の伝説的な指導者の逸話をある修行僧にインタビューするという形式進められます。上の2作品とは違い、メフィストらしくない重厚な作品となっています。
この著者は、本作しか書いていないので全く情報がありませんが、中東やイスラム教に関する知識が相当に深いです。そしてイスラム独特のエスニックで神秘的な雰囲気を匠に利用しながら読者をその世界へと引きずり込みます。
神秘的で精神的なイスラムの世界観と論理的な思考を必要とする推理小説を融合させた斬新な作品です。論理と宗教の間で揺れ動く主人公の葛藤が描かれます。
第4位 辻村深月『冷たい校舎の時は止まる』
第4位は最近直木賞も受賞した辻村深月のデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』です。正直、この小説が彼女のベストなのではと思っています。
大学受験を控えた8人の高校生が雪が降りつもった校舎に閉じ込められれてしまいます。そして彼・彼女たちは学園祭の日に自殺した生徒のことを考えます。でも誰一人として、その生徒の名前が思い出せない...。一体誰が自殺したのか。もしかしてこの中にいる...?
本作は思春期特有の悩みや苦しみを抱えた生徒たちの心の葛藤をミステリを題材に描き出しています。近年、スクールカースト系の作品(『告白』、『悪魔の経典』など)が流行りましたが、その先駆けかもしれません。
辻村深月は、少年少女の心の機微を捉えるのがとてもうまい作家だと感じます。辻村はミステリという緊張感を絡ませることで、登場人物1人1人の心の奥にある感情に光を当て、青春の甘酸っぱさや苦悩を表に引っ張りだします。
読みながら自分の高校時代を振り返って、ついつい懐かしいような、羨ましいような感情にさせられる作品です。
第5位 朝暮三文『ダブ(エ)ストン街道』
メフィスト賞には珍しくミステリーではありません。ファンタジー的な、どことなくシュールで荒唐無稽な話です。円城塔やバーセミルといった作家が好きならおすすめです。
主人公は夢遊病の恋人を探しに「ダブ(エ)ストン街道」を目指します。ダブエ(ス)トンの住民はなぜだか全員、道に迷っています。主人公も当然道に迷います。そんな道に迷いながら生活している住民の生態をユーモラスに描いています。
なにか森見登美彦(『四畳半神話大系』や『ペンギン・ハイウェイ』の作者)と円城塔(『道化師の蝶』で芥川賞を受賞した数理SF作家)を足して2で割ったような小説です。森見登美彦作品の登場人物のような奇想天外なキャラクターたちが終始物語を彩り、円城塔のような不条理さをユーモラスに転回します。そしてラストは爽快に少し切なく物語は終わっていくのです。
ミステリーに少し飽きてきたという方にはぜひおすすめです。ぜひ道に迷ってみて下さい。
オマケ
個人的にベスト5には入りませんでしたが、後の活躍を見るに是非読んでおくべき作品を紹介します。
舞城王太郎『煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifices』
舞城王太郎は現在は芥川賞にノミネートされたりと純文学の印象も強いですが、デビューはメフィスト賞です。本作はやや舞城節が抑えめかなあと思います。ただ、舞城らしいスピード感あふれる文体です。ミステリを題材にしながらも家族のあり方を描き出しています。
佐藤友哉『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』
佐藤友哉も舞城と同じく後に純文学へと舞台を移していく作家です。妹をレイプされたお兄ちゃんが犯人たちに復習していくというシスコン小説です。佐藤友哉といえばサブカルチャーのパロディを作中に多用することでも知られています。受賞時には若干19歳という才能の持ち主です。
西尾維新『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』
言わずとしれた西尾維新のデビュー作です。西尾維新に関しては説明する必要もないかもしれません。近年のライトノベル人気を牽引してきた作家です。森博嗣や清涼院流水のキャラクタ小説は西尾維新によって完成されたといえるかもしれません。