著者であるクリステンセンは『イノベーションのジレンマ』のミリオンセラーにより一躍有名なった経済学者だ。おそらく、ほとんどのスタートアップ経営者が一度は耳にしたことがあるだろう。そしてそれから、20年の時を経て出版されたのが本書『ジョブ理論』である。
ジョブ理論と聞くとキャリア論のように思えるが、内容は前著と同じくイノベーションに関する本である。本書は、あなたの作るサービス/プロダクトの見方を一変させてくれる。
片付けるべきジョブ
本書の主張を一言でまとめるならば、
あらゆるサービス/プロダクトを片付けるべきジョブという視点で捉えよ
である。
消費者はあるプロダクトを「片付けるべきジョブ」を片付けるために雇用するのだと著者は言う。では、ジョブとはなんだろうか。本書ではジョブを以下の通りに定義している。
ある特定の状況で人が遂げようとする進歩
クレイトン・M・クリステンセン. ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム (Japanese Edition) (Kindle の位置No.675-676). Kindle 版.
わかりにくいので例をあげよう。
例えば、僕は休日の午後に近くのあるカフェを利用する。この時、僕は「片付けるべきジョブのためにカフェを雇用した」とジョブ理論では考える。では片付けるべきジョブとはこの場合なんだろうか。
僕がこのカフェを利用する理由は、食後に読書するのにちょうど良いからである。つまり、ジョブ理論に照らし合わせると
休日の食後に快適に読書をする空間を得る = ある特定の状況で僕が遂げようとする進歩 = ジョブ
僕は美味しいコーヒーを飲みたくてカフェに行くわけではない。読書をするのに心地よい空間を求めているのだ。食後の時間帯であっても十分な席が確保でき、長時間滞在が可能であり、比較的静かで落ち着いたカフェが僕のジョブを片付けるのに適している。
ジョブを定義するのは「特定の状況」である。僕が20代の男性であるという属性ではない。コーヒーという製品でもない。あくまでジョブという観点で物を見るのだ。
僕たちは普段、目の前にあるプロダクトや消費者を属性でカテゴライズしがちだ。しかし、ジョブという新たな視点でプロダクトを捉えると、様々なことが違って見えてくる。
例えば、そのカフェが僕のようなジョブを持つ客に対してコーヒーの質を上げたり、新しいケーキを売り出したりする努力は無意味である。むしろ商品は数種類で良く、店内の装飾や椅子のクオリティに拘ったり、トレンド本の情報を貼っておいた方が良いと言える。
僕をメインターゲットと考えるのであれば、競合店は近くのパンケーキを出すオシャレなカフェではなく、読書する場所としての図書館や自宅などである。
ジョブは人々の置かれてる特定の状況によって様変わりする。故に単なる機能だけではなく、社会的、感情的な欲求が存在する。このような複雑なジョブを実際にプロダクトに落とし込む際に作成するのがジョブスペックである。
ジョブスペックとは、イノベーターの視点からジョブをとらえたものだ。「顧客のジョブを適切に解決するには、新商品を提案するなかで、何をデザインし、開発し、顧客に届けるべきか?」。いわば、解決策の要件をジョブスペックで把握するのだ。ここには、顧客が求める進歩と受け入れるトレードオフ、打ち負かすべき競合、乗り越えるべき障害物を明らかにする機能的・感情的・社会的側面が含まれる
クレイトン・M・クリステンセン. ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム (Japanese Edition) (Kindle の位置No.2292-2295). Kindle 版.
ジョブスペックとは簡単にいえば、通常のプロダクトを作る際に必要になる要件をジョブという視点で捉えたものだ。反対にプロダクトスペックというものがある。例えば、時速200km出せる車は素晴らしいプロダクトスペックを持っているが、ほとんどの人のジョブを解決する役には立たないだろう。
言われてみれば簡単なことだが、ジョブという概念を常に考えておかないとプロダクトスペックに流されがちである。故に企業は常にプロダクトの片付けるジョブをチームで共有する必要がある。それは、今日では企業理念やミッションと呼ばれている。そのミッションを共有することでチームはジョブを中心として、自律的に駆動するようになる。
はじめに言った通り本書はプロダクト作りのプロセスやプラクティスをジョブという視点で統治せよと主張する。プロダクトの属性やターゲットの年代や性別で捉えるのではなく、ジョブという平面で複雑な現実社会を切りとるのだと。
実は特段、新しいことを言っているわけではない。「ドリルが欲しいのではない、穴が欲しいのだ」というのは昔からよく知られた言葉である。しかし、本書の偉いところは、「ジョブ」という概念としてそれを定義したことだ。
僕たちは、この本のおかげで「ジョブ」という概念を共通言語として利用することができる。
「このプロダクトの片付けるジョブってなんだっけ?」
チーム内でこんな会話が何気なくできるようになれば、本書を読んだ価値があるのではないだろうか。