書評|米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』

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米原万里の『オリガ・モリソヴナの反語法』を読んだので感想・あらすじを紹介します。

おすすめ度

おすすめ度:4.5点(5点満点)

『オリガ・モリソヴナの反語法』は冷戦時代からソビエト崩壊後の東欧の雰囲気をミステリーを散りばめながら描いた傑作です。エンターテイメント性が高い作品く、読み始めたら止めらない小説です。ただし、アクションやサスペンスなどの派手な展開は期待しないほうが良いです。多少なりともロシアの歴史の知識があったほうが楽しめると思います。

作者・作品紹介

米原万里はテレビにもよく出演していた作家、翻訳家です。顔くらい見たことがあるという人もいるのではないでしょうか。

米原は、小学生から中学生の少女時代をプラハのソビエト大使館付属学校で過ごします。この冷戦時代のプラハでの経験が、米原の人生にどれだけ影響を与えたかは計り知れません。

米原はロシア語の通訳として、外交やテレビなどで活躍しました。その後、作家としてノンフィクションやエッセイという分野で活躍していた著者がプラハでの少女時代の思い出を元にして書いたのが本作『オリガ・モリソヴナの反語法』です。

反語法というのは、テストで赤点を取った生徒に「君は本当に天才だ!」と嫌味をいうような用法のことです。つまり、オリガ・モリソヴナという反語法が口癖だった人物についての小説です。なんだか面白そうですよね。

本作は、bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞しています。この文学賞はかなり独特で、選考委員は1人しかいません。毎年違う選考委員がたった1人で受賞作を選びます。

本作を選んだのは世界文学全集を編集したことでも知られる芥川賞作家・池澤夏樹です。その次の回の選考委員が思想家の浅田彰なので、かなり独特の賞であることがわかるかと思います。

本作は米原が少女時代を過ごしたプラハのソビエト大使館付属学校の名物教師、オリガ・モリソヴナの過去を大人になった主人公が探るミステリーです。それはまるで『千と千尋の神隠し』の湯婆婆の過去を大人になった千尋が訪ね歩くような物語です。

米原は共産主義時代の激動の東欧諸国と90年台のどことなく寂しげなロシアの雰囲気を見事に描き出します。そしてスターリン時代を生き抜いた人間の力強さに胸を打たれます。

あらすじ(ネタバレなし)

『オリガ・モリソヴナの反語法』は作者の米原万里のプラハでの体験をもとに書かれたフィクションです。主人公である志摩(=作者)は小学生でプラハのソビエト学校に転校します。そのときにバレエ教師を務めていたのが、オリガ・モリソヴナです。

60歳に80歳にも見える恐ろしいほど派手な見た目と、次から次へと口から溢れ出る罵倒語の数々。それでいて超一流のダンサーであり、振付師、バレエ教師だったオリガ・モリソヴナ。

オリガ・モリソヴナの影響でバレエダンサーを目指した志摩は、その途中で夢破れ、いまは翻訳家として、シングルマザーとして暮らしています。息子も大学生となりようやく自分の時間が持てるようになった志摩は、プラハ時代の友人を探そうとモスクワに渡ります。

友人を探すうちに志摩はオリガ・モリソヴナがかつて有名なダンサーだったことを突き止めます。なぜオリガ・モリソヴナほどのダンサーがプラハで教師をしていたのか。彼女の知られざる過去に志摩は迫っていきます。

感想

紹介のところでも書きましたが、『オリガ・モリソヴナの反語法』を読みながら1番最初に頭に浮かんだのが『千と千尋の神隠し』の湯婆婆の姿でした。オリガ・モリソヴナにはなんとなくそんな雰囲気があります。

『千と千尋』のあの不思議な世界は、志摩にとってはプラハのソビエト学校です。異国の何もかもが日本とは違ったそんな不思議な世界です。そこでは千尋が千と呼ばれたように、志摩はシーマチカと呼ばれます。

千尋が湯婆婆に出会ったように、志摩(=米原)は、魔女のようなバレエ教師、オリガ・モリソヴナと出会います。そこで少女の人生は決定的に変わることになるのです。

米原は自らと千尋を重ねたのではないか。大人になった千尋がかつて体験した不思議な世界を思い出し、ふと湯婆婆のことを調べ始める。そんな姿に自らを重ねたのではないか。なぜ湯婆婆はあそこで宿をやっていたのだろうか。銭婆と湯婆婆の間には一体何があったのだろうか。坊はいったい誰の子供なのだろうか。

この小説はそんな気持ちから生まれたのではないか。

もちろんこれは僕の妄想です。でもやはりそう思わずにはいられません。『千と千尋』の公開が2001年で『オリガ・モリソヴナの反語法』は2002年刊行ですから、時期もちょうど重なります。もし僕が湯婆婆に過去を設定するとしたら、どうするだろうか。そんなことを考えてしまう小説です。

なぜこんなことを考え始めたかというと、米原が描くロシアが本当に素晴らしかったからなんです。つまりそれは、外国人から見た幻想の日本としての『千と千尋』の世界のように僕には写りました。異国情緒あふれるロシア独特の寒々しく、寂しさの中にありながら感じる人々の温かさであり力強さです。ロシアという国にぜひとも行ってみたくなりました。

小説の所々に出てくる米原のバレエ業界に対する恨み節も面白いですね。ちょっと書きすぎだろとも思いました。あれは草刈民代のことなんですかね。そのあたりの描写は急に現実の世界に戻された気がしてしまいました。ちょっとしたリップ・サービスだったかもしれませんけど。

それ以外は文句のつけようのないほどの作品でした。米原はエッセイノンフィクションでも有名なのでそちらも読んでみたいですね。