現代の高等遊民 blog

現代に降り立った高等遊民が徒然なるままに書き殴ったブログ

書評|原田マハ『たゆえども沈まず』

f:id:tax1729:20180925232144j:plain

原田マハ『たゆえども沈まず』の感想・あらすじをまとめました。原田の小説は5作目ですが、いつもとは違う原田の重厚さを味わえる作品でした。

おすすめ度

おすすめ度:4点(5点満点)

楽園のカンヴァス』、『暗幕のゲルニカ』で印象派およびポスト印象派を情熱的に描いてきた原田 の意欲作と言って良いでしょう。注目すべきは上記2作との違いです。今回はミステリーの要素はありません。しかしその分、より重厚な物語となっています。原田の新たな一面が見られます。

初めて原田作品を読むなら楽園のカンヴァス (新潮文庫)がおすすめです。

作品・作者紹介

『楽園のカンヴァス』や『暗幕のゲルニカ』で原田の本については紹介してきました。本作も例にもれずポスト印象派の巨匠、フィンセント・ファン・ゴッホを題材としています。

原田の小説は美術史の詳細な事前調査に基づいています。しかしそれに縛られることなく、その想像力を史実の上に豊かに表現します。

本作は、売れない画家フィンセント・ファン・ゴッホ日本美術商の林忠正という同じ時代、同じパリの地でジャポニズムという美術史上の転換期をともに生きた2人の友情を描きます。

書評

僕は以前の書評で『暗幕のゲルニカ』にやや辛口な書評を書きました。原田マハという作家が嫌いなわけでなく、むしろ好きな作家です。

その原田がフィンセント・ファン・ゴッホの「星月夜」を題材とした小説を書いたと知っては、読まないわけにはいきません。なにせ僕はゴッホの絵が好きだし、中でも「星月夜」はKindleのケースにしているくらいです。

本作はフィンセント・ファン・ゴッホとその弟・テオ、そして日本画美術商の林忠正と加納重吉の4人を軸に展開してきます。加納重吉が本作の語り部となりますが、彼は原田の想像上の人物です。

また史実ではゴッホとテオ、林忠正の間に交流があった証拠はどこにもありません。それでもなお、同時代のパリにおいてジャポニズムという交差点においてこの3人が出会っていた可能性は大いにあるでしょう。少なくも原田はそんな想像力を働かせたはずです。

小説を読み始めて僕は少し驚くことになります。これまでの2作品で原田は絵画という題材をミステリーという手法を用いて描いていました。しかし、この小説ではミステリー的な記述は全くと言ってよいほどありません。

そこには『暗幕のゲルニカ』にあったようなサスペンスのムードや、『楽園のカンヴァス』にあった画家の輝くような情熱は描かれません。まったくもって淡々と物語は進んでいきます。まるでゴッホという画家の持つ内側のマグマが沸々と沸き上がるかのように。「たゆえども沈まず」という題名を表すかのように。

原田であれば当然、ミステリー要素を取り入れることもできたでしょうし、実際にはそちらのほうが面白かったかもしれません。あえてミステリーを含めなかった。ここに僕は原田の決意、ゴッホという画家と林忠正という商人に正面から向き合おうとする覚悟を感じました。

それでは結局の所、原田はゴッホの沸き上がるような内面を描ききれたのかと言われれば、僕には自信がありません。原田はどの作品でも、画家から少なからず距離をとって描ききます。直接ゴッホを描くのではなく、その友人や親類といったように。それはおそらく、ある種の畏怖の感情があるのではないかと推察します。

それでもゴッホの「星月夜」という作品については描ききったのだと僕は感じます。それだけでも十分に読む価値のある作品なのだと。あの「星月夜」の秘密が明かされる瞬間がこの小説のドラマであり、輝きです。あのコペルニクス的回転の瞬間を読者は驚きと少しの微笑みとともに迎えるでしょう。そして、思わず表紙の絵を見返すことになるのです。

原田マハの他作品についても書評を書いています。↓

www.koto-yumin.com

www.koto-yumin.com