現代の高等遊民 blog

現代に降り立った高等遊民が徒然なるままに書き殴ったブログ

【書評】|平野啓一郎『マチネの終わりに』

平野啓一郎の『マチネの終わりに』を読みました。あらすじ・感想を書きました。

  • おすすめ度
  • 感想

おすすめ度

おすすめ度:3.0点(5.0点満点)

平野啓一郎の小説は『日蝕』以来、二冊目です。正直、あまりの作風の違い戸惑いを覚えました。デビュー作である『日蝕』から『マチネの終わりに』までにどのような変化が作者にあったのかは非常に興味をそそられます。最初から恋愛小説と思って読めば素晴らしい作品です。ただ、僕は『日蝕』を念頭に置いて読んでしまたので、「うーむ」と思うことがありました。

感想

さて、最初に書いたように平野の作品を読むのは『日蝕』以来です。『日蝕』は平野のデビュー作であり、芥川賞受賞作です。当時、最年少での芥川賞受賞だったようです。『日蝕』は中世のキリスト教の神学僧が主人公です。主人公は異教を研究するうちに、錬金術やら両性有具のアンドロギュヌスやらに遭遇していくという物語です。ストーリーだけ聞くとラノベ感満載ですが、文体は漢文調で綿密な描写が特徴です。

本作『マチネの終わりに』は『日蝕』とは打って変わって現代の男女の恋愛小説です。文体も読みやすく、テンポよく進んでいきます。ただ、心理描写は『日蝕』の面影が見え、非常に豊かに描かれています。

この小説で驚いたのはストーリーが恐ろしいほど使い古されたものだと言うことです。

男女が恋に落ちる→障害が様々ある→乗り越える→邪魔をする女が現れる→別れる→再会する

というようにです。恋愛小説やドラマが好きな人であれば、何十回と耳にする展開です。「またか」と思った人もいるのではないでしょうか。

しかし、この在り来たりのプロット故に、平野啓一郎の小説家としての力量を感じました。この小説は平野の文章力なくしては、とてもではないが読み通せないのではないかと思うのです。これほど、単純な物語で多くの読者を得るのは並大抵のことではありません。それはひとえに平野の心理描写の巧みさを物語っています。

本作を読んで、改めて平野啓一郎ってすごい作家だなあと感服してしまいました。

続きを読む

大江健三郎『万延元年のフットボール』の書評・感想

大江健三郎の『万延元年のフットボール』を読んだので書評・感想書きました。大江は今までなんとなく読むのを避けてきました。いざ、読んでみるとやはりとんでもない作家です。日本文学においてまさに必読だと思います。

未読の方やあらすじを知りたい方はこちら↓

大江健三郎『万延元年のフットボール』のあらすじ - 現代の高等遊民 blog

おすすめ度

おすすめ度:5.0点(5点満点中)

流石としか言いようがない。今年読んだ小説の中でベストだと思う。大江健三郎といえば、独特の文体で読みにくいというイメージが先行しているが、慣れればそうでもなく、むしろサスペンスな展開で非常に読みやすかった。

書評(ネタバレあり)

近年の大江健三郎といえば、政治的発言が目立ち小説家というイメージから離れている印象がある。本作は大江健三郎中期のまさしく小説家として絶頂期の作品であり、ノーベル賞の受賞理由にも挙げられている代表作だ。

『万延元年のフットボール』は大江の故郷である四国の山村が舞台だ。100年前に故郷で起こった一揆と現代の安保闘争、そして鷹四たちが興じる反乱とを普遍的な観点を持ちつつ、見事に描いている。

『万延元年のフットボール』の読みどころはやはり、最後のクライマックスだ。鷹四が自殺し、妻とも別れた主人公が穴ぼこから出る場面だ。あの場面を演出するためにそれまでのすべてがあったと言っても過言ではない。なぜ友人が死んだのか、なぜ鷹四が死んだのか、あのときどうしてあの言葉を発したのか。最終場面で綿密に練り上げられたプロットを発見したときには想像以上の感動がある。

僕はこの作品を通して夫婦関係というものについて考えざるを得ない。大江は、夫婦とはなにか。家族とはなにかということを問いかけている。障害のある子どもを捨て、アルコール中毒の妻、うつ気味の夫。主人公の蜜三郎とその妻は、ありとあらゆる夫婦問題を抱えている。

そもそも夫婦とはなにか。現代において夫婦という関係は間違いなく無用の長物と化している。夫婦になるというのは、論理的に考えてリスクしかない。親戚関係の付き合いや、不倫、離婚、金銭といった諸問題だ。そのリスクを負うのであれば、事実婚で問題ないはずだ。ではなぜ夫婦になるか。もっとも端的な答えは子供だ。

ではこの夫婦はどうか。彼らは子供を捨て、それ以来セックスもしていない。ではこの夫婦は一体どのようにして再生するのか。それはまさしく夫婦という形式によって再生するのだ。この二人は夫婦生活を営んでいない。しかし、夫婦であるがゆえに行動をともにしている。

そこに登場するのがラストシーンである。あの問答は夫婦であるからこそ生まれるのである。夫婦であるから蜜三郎が穴ぼこに入る癖を知っているのであり、夫婦であるからこそ穴ぼこから出てくるのを待つことができるのだ。

 いいえ、蜜。あなたがアフリカで働いている間、私は二人の子供と実家に帰っているつもりなの。

大江健三郎 万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

 この言葉を読んだ瞬間、僕は思わず声を上げそうになった。この内側から湧き上がるような感動である。蜜三郎という人間を心の奥から理解していない人間には出てこないセリフなのだ。それは夫婦であるから出てくる言葉だ。僕はこの小説を読んで夫婦という関係性を初めて肯定的に捉えることができた気がする。

続きを読む

大江健三郎『万延元年のフットボール』のあらすじ

大江健三郎の『万延元年のフットボール』を読んだので、あらすじをまとめました。買おうかどうか迷っている人やどんな話か知りたい人向けの記事です。※ネタバレはありません。個人的には読んで損はない、というより読んだほうがよい作品だと思います。

万延元年のフットボール (講談社文芸文庫)

おすすめ度

おすすめ度:5点(5点満点中)

大江健三郎は読みにくいというイメージでしたが、そんなことは全く無いです。ミステリーの要素もあるので飽きずに読むことができます。すべての文章が全く無駄なくラストシーンへと向かっていく展開には思わず感動してしまいました。僕が読んだ小説の中でもベスト3に入ること間違いなしです。

作品紹介、あらすじ

『万延元年のフットボール』は大江健三郎中期の長編小説です。一般的には大江の代表作とされ、ノーベル文学賞受賞の受賞理由にも挙げられています。この作品には障害児や安保闘争といった大江の重要なモチーフがいくつも登場します。

舞台は大江の故郷である四国の山奥です。なにか中上健次の小説を思い出させます。もちろん、中上健次が大江健三郎に影響を受けたのだと思いますが。ミステリアスな雰囲気と四国の山奥の寒々しい描写が見事に調和しています。そしてクライマックスでは、大江の綿密なプロットに驚かせれることでしょう。

主人公の蜜三郎は翻訳や大学で講師をして暮らしています。妻との間には一人の息子は障害を持っています。ある日、友人が自殺し、妻がアル中になり、育児放棄をする。そして夫婦関係も冷めてしまう、そんな絶望的な場面からこの小説は始まります。

そんは夫婦のもとにアメリカに留学していた弟・鷹四が帰ってきます。弟は実家の家を売るために四国に帰るので、手伝ってほしいと蜜三郎に言います。そこから物語は蜜三郎夫婦と鷹四、そして鷹四を慕う若者二人で進行して行きます。

故郷についた蜜三郎は、村にできたスーパーマーケットを目にします。スーパーマーケットは村の経済を支配しています。その店長は「スーパーマーケットの天皇」と呼ばれているのでした。

「スーパーマーケットの天皇」を相手に、百年前に村で起こった万延元年の一揆を再現しようと鷹四は若者たちを集めます。その間にも蜜三郎と妻の関係性は冷え切って行き、妻は次第に鷹四に心が惹かれていくように思えるのでした。

次第に物語は悲劇的な結末へと進んでいきます。革命という夢の果てに夫婦に一体なにが残るのか。あまりに感動的な再生の物語です。

『万延元年のフットボール』の感想・書評も書いています。↓

『万延元年のフットボール』の書評|夫婦について考える - 現代の高等遊民 blog

続きを読む

【解説】東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』の解説と要約

東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』の解説です。読んではみたものの小難しくてよくわからんという人向けです。買ってない人は買え。今年度読んだ中で最もスリリングな思想書。東浩紀という稀代の批評家が今なにを考えているか。なぜ彼は株式会社ゲンロンを起業したか。そしてこれを読んでわかることは東浩紀は実践する哲学者であるということだ。

  • 世界の2層構造
  • 観光客とは何か

世界の2層構造

f:id:tax1729:20180826233500j:plain

 

近年、よく強調される言葉が「分断」である。政治番組などで聞いたことがあると思う。現在、世界はあらゆる面で分断が進んでいる。最も顕著な例はドナルド・トランプが大統領となったアメリカとEU離脱を宣言したイギリスだろう。世界は急速に発展したグローバリズムに対し、ナショナリズムという古い権威で対抗し始めている。一見このグローバリズムとナショナリズムは共存しないように見える。しかし、東はこの2つが2層構造のように共存しているのが、現在の世界であるという。

そのグローバリズムとナショナリズムという2つの層が経済と政治である。経済のほうから考えてみよう。今、経済市場はかつてないほどにグローバルになっている。世界中どこにいてもAmazonを利用することができる。どこでもマクドナルドは存在する。経済においては非常にグローバルであり、それを止めることは誰にもできない。

一方、政治の世界ではどうだろうか。経済において、結びつきが強い日本と中国は政治的には非常な緊迫関係である。アメリカはトランプ大統領のもとアメリカンファーストを唱え、自国の利益のみを優先するようになった。ことはイギリスも同じである。急速にグローバリズムが広がるつれ、政治的にはナショナリズムに近づいているのだ。

東はこの構造を2層構造と呼んでいる。下半身(=経済=欲望)では繋がっているが、頭(=政治)は分離した状態であると東は説明している。しかし、これはある種当然のことだ。ナショナリズムというのはグローバリズムから生まれるからだ。共同体のアイデンティティは別の共同体に遭遇して初めて意識されるものだからである。日本の歴史上では黒船来航がそれに当たる。

この2層構造は我々に否応なしに選択を迫る。2つのうちあなたはどっちがいい?という問いである。グローバリズムを選ぶとどうなるか。グローバリズムの進む先にあるのは超個人主義(リバタリアニズム)である。人々は個人の自由を最大限に尊重し、自己責任という言葉が街中に溢れる。資本主義を最大限に推し進め、貧富の差は拡大する。そして自由に生きられるといってもそれは帝国の支配下によってだ。帝国とはGoogleやApple、Facebookといった超巨大グローバル企業である。彼らは今や一国の国家予算を遥かに上回る資産を持っている。

逆にナショナリズムの進む先にあるのは共同体主義(コミュニタリアニズム)である。人々は共同体の一員として、共同体の善を最優先にして生きることになる。そこにはかつて存在していたような人々の豊かなコミュニティが形成される。その一方、個人の自由は妨げられることとなる。

東はこの2つの選択肢を前にして、どちらも選ばないという道を模索しようと主張する。それこそが「観光客の哲学」である。リバタリアンとしてナショナリズムに抵抗するのではなく、コミュニタリアンとしてグローバリズムに抵抗するのでもない。観光客としてそれぞれに抵抗しようと東は主張する。

観光客とは何か

f:id:tax1729:20180818221302j:plain

 

東が観光客に夢見ていることはなにか。それは「誤配」である。誤配とは通常、郵便物が誤って配達されることをいう。その誤配こそが第三の連帯(リバタリアニズム、コミュニタリアニズム以外の道)の基礎だと東は主張するのだ。

観光客は根本的に誤配する存在である。よその国に観光にでかけ、観光地を回る。そこで良い経験や苦い経験をして、勝手気ままにその国の印象を持って帰るのだ。観光客がその国のことを本当の意味で理解することはできない。それでもなお、なんだか理解したような気になって帰っていく。それが観光客であり、誤配である。

では、なぜ観光客もしくは誤配がリバタリアニズムでもなくコミュニタリアンでもない、第三の連帯なのだろうか。観光とは誤配の連続だ。観光は計画にないトラブルや失敗の連続である。海外に1人旅に出たことのある人ならば想像が容易いと思う。しかし、あとになって振り返ると不思議とそのトラブルが楽しい思い出へと変換される。そこで出会った人々に妙な愛着が湧く。そんな経験はないだろうか。

僕はインドで散々な目に合ってなお、インドに惹かれてしまうような旅人を何人も見てきた。これが誤配の生む連帯である。普段の生活では出会うはずのない人に会う。たまたま日本人同士だからという理由だけで仲良くなる。そして観光が終われば別れていく。あとに残るのはなんとなく良い思い出である。これが誤配である。

これはナショナリズムやコミュニタリアンが生む連帯とは根本的に異なる。なぜなら観光客同じ共同体に属するわけではないからだ。もっと弱いつながりだ。だからといってグローバリズムに飲み込まれるわけではない。東は誤配にはグローバリズムによって進む帝国の牙城を崩すと主張する。それは繋ぎ変えだ。グローバリズムの帝国とは富や権力の集中である。その集中を誤配を用いて再分配できるのではないか。ネットワークの接続先の集中をずらすことができないか。それが東の狙いである。

ここで東が観光客と言っているのはもちろん比喩である。彼は観光客が世界を変えると主張しているわけではない。観光客のような存在こそが世界を変えるのだと主張しているのだ。その可能性のために、世界をより良いものとするために、東浩紀は哲学者として株式会社ゲンロンを運営している。研究室に閉じこもるわけでもなく、革命を先導するのでもない。「観光客の哲学」の実践の場としてゲンロンをやっているのだ。

このような人間が世界に何人いるだろうか。研究室の中で、テレビの中で世界を批評する哲学者は大勢いる。若くして会社を経営するIT起業家も大勢いる。しかし、東浩紀は哲学者であり、経営者だ。実践する哲学者だ。世界をより良いものとするため、自身の哲学を実践する東浩紀は端的に言ってカッコいい。

本書を読むと東浩紀という哲学者を応援せずにはいられない。ぜひ買って読んでほしい。このブログに書かれていることは東の主張のほんの僅かだし、論拠もほとんど示せていない。僕は2冊買った。1冊を友人のゲストハウスにおいてもらった。これが小さいながらも僕なりの誤配への応援である。

続きを読む

マルクス『資本論』をわかりやすく解説

マルクス経済学を簡単に解説しました。マルクスって有名だけどどんなこと主張したの?どうして格差は広がるの?という人に向けて書いています。共産主義革命は終わりましたが、マルクスの経済学は現代の資本主義の根幹をしっかりと照らしています。

f:id:tax1729:20180801000044j:plain

 

  • 貨幣とは
  • イデオロギーの変遷
  • 資本とは
  • 生産力と恐慌
  • 資本家と労働者
  • 共産主義革命
  • 時代の流れ

貨幣とは

マルクス経済学を理解する上で大事な概念が「貨幣」です。貨幣が誕生する前は人々は互いに物々交換をしていました。お米1kgと人参1本の交換という感じですね。ここでマルクスが注目するのが「値札付け」と呼ばれるものです。

お金がない時代のフリーマーケットを想像して見てください。例えばあなたは、着物を売っているとしましょう。お金がないので、あなたは着物の値札に「牛1頭」と書いたとしましょう。お客さんは、その気になれば牛と着物を交換することができます。この状態を牛は着物に対する「直接的交換可能性」があると言います。逆に着物は牛に対して直接的交換可能性はありません。なぜなら、着物と牛を交換する権利は牛を持っているお客さん側にあるからです。

それでは、貨幣はどうでしょうか。現代において、貨幣はあるゆるモノに対して「直接的交換可能性」を持っています。お金で買えないモノはほとんどありませんよね。これが貨幣に特別な力をもたらしています。

この全てのものと直接的交換可能性のある貨幣が誕生すると物々交換のときにはなかったことが起こります。生産と購買の分離です。物々交換の時代では生産物と購買品が直接交換されるので、生産と購買が直接結びついています。資本主義では生産物は一旦お金に還元されます。そして別のところでお金でモノを購入します。このように生産と購買が分離しているので、お金を貯蓄するということができるようになります。売った分より、少ないモノを購入すればいいんですね。

物々交換の時代では、着物をたくさん作って貯めて置くということはしません。着る着物の数は限られていますし、着ない着物をたくさん持っているよりは、他のモノと交換して置いたほうが得です。しかし、お金は違います。なぜなら貨幣はすべてのものと直接的交換可能性があるからです。お金は使わなくても交換可能性がある限り、いくら貯めておいても良いからです。

お金は人間の欲望のあり方を変えてしまったとマルクスは主張します。モノを使用することの欲望からお金を所有する欲望へと変遷してしまうのです。

イデオロギーの変遷

さらに資本主義が進むと貨幣によって人間のイデオロギーまで変化することを余儀なくされるとマルクスは言います。例えば、自由や平等という概念があります。資本主義社会では自由という概念は「市場における自由、平等」と置き換えられます。

我々はお金があれば、誰でも平等に自由に好きなものを買ったり、好きな労働契約をしたりすることができます、。これが自由、平等であると考えるようになります。そうなると、自由に職を選べるはずなのにブラック企業に勤めているのはソイツのせいだという主張がまかり通ることになります。また、みんな平等なのに生活保護を受けるのはオカシイと主張することになります。

実際には自由や平等はもっと根本的で本質的な概念です。市場の自由は資本主義と言うイデオロギーの中で定義された自由でしかないのです。

資本とは

いよいよ資本について解説します。

労働によってお金を稼ぐことを考えてみましょう。あるサラリーマンが会社で働いて、1ヶ月例えば30万円もらえるとしましょう。サラリーマンが貯蓄するためには、1ヶ月の支出を30万円より少なくすれば良いということになります。つまり、お金を貯めようと思うと、給与をもらい、節約して支出を減らし、その差分が自分のお金となります。

さて、もう1つお金を貯める方法があります。それは100円で商品を買って、200円で商品を転売する方法です。この方法は労働によってお金を貯めることと根本的に異なる点があります。それはお金を使ってお金を稼いでいる点です。労働はお金を使わないこと(節約)でお金を貯めます。転売する方法ではお金を使ってお金を稼いでいるのです。このように稼いだお金のことをマルクスは資本と呼び、そのように稼ぐ人のことを資本家と呼びます。

ここで、資本家が商品として買っているのが労働力です。資本家はまず労働力を買います。その労働によって生み出されたモノを買い取った労働力以上のお金で売ることによって資本を増やします。

労働者と資本家の大きな違いは2つあります。

1つ目の違いは生産資源があるかどうかです。生産資源とは、商品を作るために必要な材料を持っているということです。一方、労働者は生産資源をもっていません。もちろんお金それ自体も生産資源の一部と言えるでしょう。持っていなからこそ唯一もっている商品である労働力を売っているのです。

2つ目はお金の稼ぎ方にあります。労働者がお金を貯めるにには限界があります。なぜなら、節約することでしかお金を貯める事ができないからです。資本家はいくらでもお金を増やすことができます。お金を使ってさらにお金を増やすことは際限なく行うことができるからです。これが、資本主義社会で格差が広がる原因です。生産資源を持つものが際限なくお金を増やすことができます。

生産力と恐慌

資本家はより多くの製品を効率的に作るために生産力を向上させようとします。そのため新しい生産資源を投入します。例えば、新型のパソコンとかAIとかですね。そうするとここでも不思議な逆転現象が起こります。

生産手段のはずのパソコンやAIといった機械に労働者が逆に使われるようになるのです。今やすでにそうなっていますが、機械が労働者に合わせるのではなく労働者が機械に合わせるようになるのです。

パソコンや、Excel、Gitなどのツールをわざわざ勉強したり、使い方がわからんと言って仕事をしたりしていませんか。1番わかりやすいのは、工場や機械の管理業務をしている人でしょうか。完全に手段と目的が逆転しています。

この生産力の向上がさらに進むと生産過多が起こります。生産性が向上しすぎた結果、製品が多くなりすぎて製品の価格が落ちてきます。さらに労働者を雇う必要性がなくなるので、失業者が増えることになります。

これが恐慌が起こる原因です。恐慌は生産力が向上しすぎた結果起こります。そして新しい技術革新が起こることで再び新しい産業が起こります。そして技術革新により起こった産業が洗練され生産力が向上すると再び恐慌に襲われることになります。これが資本主義のサイクルだとマルクスは主張します。

資本家と労働者

次に資本家と労働者の関係を見てみましょう。資本主義が進むと労働者は必然的に資本家に依存せざるを得なくなります。仕事を辞めたくても辞めづらい状況に追い込まれてしまうのです。

それは資本家が持っている生産手段のためです。例えば、ブラックIT会社で働くSEを考えてみましょう。SEは会社の生産資源を使って働いています。会社の資源としては、作業をするPCや納入するサーバを買う資金だったり、大きなプロジェクトを成功させる人的資源だったりします。

そうすると彼らはPCがなければ、一緒に働く同僚がいなければ仕事をできなくなってしまいます。その社内の開発プロセスにあった作り方でしか生産できなくなってしまうのです。PCという資源や多くの労働資源をもっている資本家に頼らざるを得なくなってしますのです。

これが労働者が悪条件の中でもブラック企業をやめることのできなくなる理由です。そして働けば働くほど資本家と労働者の格差は広がっていきます。

共産主義革命

マルクスは歴史の流れの必然として共産主義革命が起こるはずだと主張します。生産力を極限まで高めた結果、人々は職を失います。AIが人間の仕事をどんどん奪っていくことを想像するとわかりやすいですね。

そうすると、資本家と労働者の格差はさらに拡大していきます。少数の資本家に大量の資金があり、大多数の労働者が僅かな賃金で生計を立てることになります。その結果、人々は共産主義革命を起こさざるを得ないのです。

時代の流れ

マルクスが資本論を書いたのは19世紀です。そこから時代は驚くほど変化しています。おそらくマルクスはインターネットという存在を想像することさえなかったでしょう。このインターネットはまさしく共産主義革命に代わる革命と言えます。

なぜなら、たとえ生産資源がないとしても誰でも資本家になれる世界だからです。ブロガーやyoutuber、webサービスであれば生産手段がなくてとも起業し、資本家になることができます。

インターネットこそマルクス経済学を乗り越える鍵となる革命です。しかし、このインターネットでさえも資本主義の波に飲み込まれようとしているのが現状です。インターネットはもはやFacebookやAmazon、Googleといった超巨大企業によって運営されているからです。

この現状をどのように超えていくか、それが資本主義のこれからの課題です。そのとき、マルクス経済学は大いなる知恵を授けてくれると思います。

続きを読む

人狼殺|9人進級局ー狂人の戦略ー

f:id:tax1729:20180902183531p:plain

人狼殺の9人進級局での狂人の戦略、セオリーを解説します。初めて9人進級局に参加する人向けです。この記事を読めばひと通りセオリーがわかると思います。

村人の戦略を読んでいない人はそちらから読むことをおすすめします。人狼陣営は基本的に村人の目線に立たないと勝利できないからです。

人狼殺|もう迷わない!9人標準局での村人の戦略 - 現代の高等遊民 blog

  • 9人村役職構成
    • 勝敗条件
  • 基本戦略
  • 占い師co
  • 占い師coしなかった場合

9人村役職構成

村人(役職なし) 4名
占い師 1名
ハンター 1名
狩人 1名
人狼 2名
狂人 1名

勝敗条件

村人陣営:人狼を全員処刑する
人狼陣営:村人陣営と人狼の人数が同じになる

基本戦略

狂人の役割は人狼をアシストすることです。ときには自ら買って処刑されることが必要です。また、人狼に殺されないように適度に狂人アピールをするとよいでしょう。

占い師co

狂人は初日の1週目に占い師coするのがセオリーとなります。狂人に配役された場合は誰を占ったことにするか考えておきましょう。セオリーは白出しすることです。黒出しすると役持ちのプレイヤーにあたった場合、すぐに占い師でないことがバレてしまいます。

また、本物の人狼に黒出ししてしまうこともあるのでかなりリスクが高いです。もちろん黒出ししたプレイヤーがただの村人であれば大成功なのでやってみる価値はあります。

狂人が占い師として出た場合にはできるだけ人狼と思われるプレイヤーを占って白を出しましょう。そうすることで人狼に白を出せる可能性があります。さらに、人狼に白を出すことで人狼陣営に自分が狂人であることを周知させることができるのが重要です。

占い師coしなかった場合

狂人は占い師coするのが普通ですが、まれに人狼が占い師coする場合があります。狂人の発言順が回ってくる前に占い師coしたプレイヤーが2人いる場合です。人狼が占い師coをしていることになります。このとき、狂人は占い師coせずに村人に紛れる必要があります。

ここで、狂人が占い師coすると3人の占い師のうち2人が人狼陣営になります。そうすると村人は占い師を順番に処刑することで狂人と人狼を殺すことができます。これは村人陣営に有利に働きます。

狂人が占い師coしない場合、人狼陣営にかなり有利に働きます。なぜなら占い師coした人狼は初日に処刑される可能性がほとんどありません。また、その夜に占われることもありません。さらに、村人は狂人が占い師coしたと勘違いしているので、人狼は処刑されにくくなります。

この場合、狂人の役割は村人にうまく偽装し、良いタイミングで役職coをすることです。役職coのタイミングとしては自分が処刑されそうな場合や他のプレイヤーが役職coしたときが良いでしょう。そうすることで、役職プレイヤーを炙り出し、うまく行けば役職プレイヤーを処刑することができます。

狂人は常に人狼のアシスト役です。自分が死んでも人狼が生き残るような献身的なプレーを心がけましょう。

 

その他の戦略についてはこちらから

人狼用語、有名プレイヤーについてはこちらから

 

続きを読む

人狼殺|概要とルール

人狼殺の概要とルールや流れを簡単に説明します。初めて人狼殺やるけどいまいちルールがわかっていない人向けの記事です。この記事を読めば人狼殺のルールがわかると思います。

  • 概要
  • ゲームの進行
  • 勝利条件
  • 役職一覧
    • 村人陣営
    • 人狼陣営
  • 人狼殺用語について

人狼殺用語については↓

www.koto-yumin.com

概要

人狼ゲームは、村人陣営と人狼陣営の2つのチームに別れて行います。村人の目的は村人に紛れ込んでいる人狼を見つけて処刑することです。一方、人狼の目的は村人のフリをしながら、村人を食い殺すことです。

人狼は互いに誰が人狼かを知っていますが、村人は知りません。人狼ゲームはプレイヤーで話し合いながら人狼を見つけていく心理戦となります。

ひとまず人狼殺とは、村人と人狼の2つのチームがあり、互いを殺すことを目的としたゲームと考えておきましょう。(物騒ですね)

ゲームの進行

人狼殺には2つのターンがあります。昼のターンと夜のターンです。人狼ゲームでは夜と昼を交互に繰り返しながらゲームが進行していきます。

昼のターンでは、全プレイヤーが順番に発言していきます。この発言を聞き、1番怪しいプレイヤー(人狼っぽいプレイヤー)を判断します。全員の発言が終了すると投票が行われます。

各プレイヤーはその日に処刑するプレイヤーを1人選んで投票します。最も多く投票されたプレイヤーがその日に処刑されます。もちろん、村人は誰が人狼なのかわからないので、他の村人を殺してしまうこともあります。もちろん人狼も村人のフリをして投票に参加するのである程度、投票先を誘導することができます。

同票だった場合は決選投票が行われます。それでも決まらなかった場合は、その日は誰も処刑されません。

夜に行動できるのは役職を持ったプレイヤーのみとなります。

人狼:人狼は任意のプレイヤーを1人殺すことができます。
占い師:占い師は任意のプレイヤーを1人占い、そのプレイヤーが人狼かどうか知ることができます。
狩人:狩人は任意のプレイヤーを護衛することができます。護衛されたプレイヤーはその夜に人狼に狙われたとしても、殺されずに済みます。

勝利条件

村人勝利条件:人狼を全員処刑した場合
人狼勝利条件:村人の人数と人狼の人数が同数となった場合

人狼陣営は村人の人数=人狼陣営となれば、勝利確定となります。例えば、村人2人と人狼2人が残ったとしましょう。
昼に人狼が1人殺されたとしても、夜に村人を1人殺すことができます。そうすると村人1人、人狼1人となります。昼間の多数決は同票となり、誰も処刑されません。その夜に人狼は最後の村人を殺すことができます。

よって、人狼殺では村人と人狼の人数が同数となった時点でゲーム終了となります。

役職一覧

人狼殺での各役職の役割を説明します。

村人陣営

村人
占い師
ハンター
狩人

人狼陣営

人狼
狂人

人狼殺用語について

人狼殺では独特の用語が使われます。プレイヤーの発言の意味がわからなくならないよう予め基本的な用語は知っておいた方がよいでしょう。

人狼殺でよく使われる用語はこちら↓↓

www.koto-yumin.com

細かい戦略についてはこちら↓↓ 

www.koto-yumin.com

続きを読む

人狼殺|9人進級局ー人狼の戦略ー

f:id:tax1729:20180902183531p:plain

人狼殺の9人進級局での人狼の戦略、セオリーを解説します。初めて9人進級局に参加する人向けです。この記事を読めばひと通りセオリーがわかると思います。

村人の戦略を読んでいない人はそちらから読むことをおすすめします。人狼は基本的に村人の目線に立たないと勝利できないからです。

人狼殺|もう迷わない!9人標準局での村人の戦略 - 現代の高等遊民 blog

 

  • 9人村役職構成
    • 勝敗条件
  • 基本戦略
  • 占い師coしない場合
    • 1回目の昼
      • 黒出しされた場合
      • 2人とも白出しした場合
  • 1回目の夜

9人村役職構成

村人(役職なし) 4名
占い師 1名
ハンター 1名
狩人 1名
人狼 2名
狂人 1名

勝敗条件

村人陣営:人狼を全員処刑する
人狼陣営:村人陣営と人狼の人数が同じになる

基本戦略

9人進級局では、人狼陣営に狂人が加わります。基本的に狂人は占い師をcoします。それを頭に入れながらプレーする必要があります。

人狼陣営は狂人がどちらの占い師なのかということを考えながらプレーしましょう。狂人を殺してしまっては仲間が減ってしまいます。

自分の発言のターンではできるだけ村人になったつもりで発言しましょう。ときには相方の人狼を疑ったり、投票したりする必要があります。自分が村人のときのように発言することで他の村人から信頼を勝ち取ることが大切です。

占い師coしない場合

まずは、最もオーソドックスな場合を考えます。狂人が占い師coして占い師が2人出た場合です。

1回目の昼

黒出しされた場合

もし真占い師から黒を出された場合は、自爆するかその日に釣られるかになります。自爆する場合は、狂人が占い師coする前に自爆しましょう。狂人がcoした後だと狂人まで釣られてしまいます。自爆するメリットとしては、1日目に他のプレイヤーに考察をさせないということと、狂人を占い師coさせないというメリットがあります。

自爆しない場合は、占い師が狂人というアピールをしましょう。ただ、初日に黒を出された時点で、初日に釣られるのは不可避です。

相方が黒を出された場合は、申し訳ありませんが死んでもらいましょう。下手にかばうと自分も疑われてしまいます。積極的に相方の人狼を殺しにいきましょう。

2人とも白出しした場合

黒出しされなかった場合は、自分が釣り位置にならないようにしましょう。そのためには積極的に怪しいプレイヤーを釣り位置として上げていく必要があります。人狼殺では基本的に釣り位置を上げることが村利のある行動とされます。

人狼であれば、積極的に他の村人を殺しにいきましょう。

1回目の夜

初日の夜に誰を殺すのは、考察が強いプレイヤーや狩人と思われるプレイヤーです。のちのち邪魔になりそうなプレイヤーを殺しにいきましょう。ただ、あからさまに自分を疑っているプレイヤーを殺しにいくと逆に次に日に疑われる場合があります。

占い師を殺すことも考えられますが、逆に狂人を殺してしまうこともあるので気をつけましょう。

 

その他の戦略についてはこちらから

人狼用語、有名プレイヤーについてはこちらから

 

続きを読む